鉄道省はある問題に頭を悩ませていた。
特別サービスをやりたい。しかし、換算両数を増やすわけにいかない。
しかも、当時特別サービスの新規開拓は地方線区。特別サービスのためだけに20m車両を新造したくはない。
一方で一般旅客は増えつつあり、大変なことになっていた。
そんななか、当時の鉄道省官僚がズル休みをしてパリに行ってひどく驚いた。
壁だ。壁が走っている。
そしてその官僚は思いついた。「特別客を2階に押し込んで、1階は一般客用にすればいいじゃないか」
帰国して上司に叱られている最中もその官僚の頭の中はそのことばかりだった。
高床ホーム国家、日本向けの二階建て客車の開発は最初から難儀するかにみえた。
そんな中、そこにオハ35の新造決定の報せとその設計図が届く。
そしてまたもその官僚は思いついた。「パリ客車の真ん中をオハ35の真ん中とすり替えてしまえば良い」
しかし、こんなものを当時の技術で楽勝、などとはいかなかった。
登場はオハ35に遅れること2年半、重量は38.6t。台枠は白紙から設計し直した。
スハ37,スロハ37と付番され、全車電気暖房車とされた。
スハ37が全室一般客用として設計された車両で、スロハ37が一部特別客用である。
スハ37は2001～2005が製造され、スロハ37は2001～2029が製造された。
鉄道省の一部勢力肝いりの二階建て客車は、各地に多くない両数が散って各自仕事を始めた。
ところが、この二階建て客車は鉄道省や一階に乗る乗客には微笑んだが、二階に乗る乗客には牙を剥いた。
不慣れな二階建て構造を、ほぼ平屋客車と同じ足回りで作ったものだから、二階の客は旅情どころではなかった。
景色を見ようとしたらゲーしきるまで何もできない客まで出る始末。
しかもたちの悪いことに、特別客を二階に上げたのである。そのうえ、特別客の乗るスロハ37は多くの地方に幅広く配属されていた。
そんなもんだから当然特別客からの苦情文句が殺到。2040まで予定されていたスロハ37の製造を打ち切って足回りの改良工事に手を回さざるを得なくなった。
だが、こんな乗り心地でも「換算両数の削減」と「特別サービスの提供」ないし「従来スキームを流用した大量輸送」が両立していた。
この状況であった以上、鉄道省,そしてあとを継いだ国鉄も完全引退など考えず、結局1985年の旧型客車終焉まで用いられ続けた。
その頃にはマニアに注目される存在となっており、結局蒸気機関車復活運転などに引っ張り出された。
それから30年以上の時が経ち、現時点で現役で残存しているのはスハ37は2004,2005、スロハ37は2010,2022のみとなった。なお、どちらも2001は静態保存されている。
現役で残存している４両は「希少な二階建て旧型客車」として現在もレトロ列車などで運用されている。

余談だが、この復活運転に乗りに行く客にはなぜか女性らしき名前をつぶやきつつ車体を眺める客もいるそうだ。
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車重算出について（ツイッターより転記）
まず、Wikipediaの記事( https://ja.wikipedia.org/wiki/JR%E6%9D%B1%E6%97%A5%E6%9C%ACE531%E7%B3%BB%E9%9B%BB%E8%BB%8A )より重量のところを拝借。
付属編成の総重量と両数から、163.2/5.0=32.64。
この１両あたりの重さ≒32.64t。
続いて、基本編成の両数とそれにくっついている二階建て車の両数から、10-2=8。
基本編成の平屋両数は8両。
次に、基本編成の平屋両数と１両あたりの重さから、32.64×8.0=261.12。
基本編成の平屋車両の重さ＝261.12t。
基本編成の編成重量と、基本編成の平屋車両の重さ、基本編成にくっついている二階建て車の両数から、(341.6-261.12)/2=40.24
二階建て車の１両あたりの車重は40.24t。
次に、平屋車両の１両あたりの車重と二階建て車の１両あたりの車重から、40.24/32.64=1.232843137。
よって平屋車両と二階建て車の重量比は1.232843137。
最後に、オハ35のソースにある重量と、前述の重量比から、31.3×1.232843137＝38.5879901881。
Simutransで一般的な有効桁数にして、38.6。
よって、オハ35-1900系のあるべき重量は38.6t。
また、あるべき形式はスハ35-1900。
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